2009年ベスト10

お久しぶりです。大晦日なので今年一年を振り返ってみます。
1.「カルロス・レイガダス特集」@東京国際映画祭
今年最大の事件と言って過言では無いでしょう。『ハポン』の衝撃以来、ずっと追いかけてきたレイガダスの三本が東京で特集上映。監督も来日してティーチインが行われるということで、他の用事にかこつけて私も一時帰国してしまいました。『バトル・イン・ヘヴン』で、大事なショットがカットされてしまっていたり、『静かな光』のプリントの状態がイマイチだったといった問題はあったものの、世界が注目する鬼才のフィルムがようやく日本で陽の目を見た事、そして何よりも多くの観客が驚きと興奮を持って作品を迎えた事に立ち会えたのは感慨深い出来事でした。プログラムの作品解説や、上映会場で配布されたフリーペーパーにもレビューを書かせてもらい、僅かながらお手伝いもさせていただきました。
2.『ライブテープ』(松江哲明)@東京国際映画祭
今年最大の発見。自由奔放なこのフィルムからは、久々に映画の可能性を押し広げるような力強さを感じることができた。「日本映画・ある視点」部門の作品賞を受賞したのも当然と思われるが、それよりもこれをコンペに選ばない(選べない)ことに東京国際映画祭の限界を感じざるを得なかった。それがもし、このフィルムが「ドキュメンタリー」であるという理由であるとすれば、その理解に対してはいくらでも反論することが可能であるし(あらゆる映画は「撮影現場のドキュメンタリー」に過ぎないし、それを見せ付けたのがこの『ライブテープ』に他ならないのだから)、佐藤真のプロデューサーを務めたことのある矢田部プログラミング・ディレクターがその事を理解できない筈も無いだろう。映画祭にとってコンペが中心部門であり、国際映画祭として世界に発信するという意思があるのであれば、この『ライブテープ』のようなフィルムこそが選ばれるべきであり、映画的価値は皆無としか思えない『ACACIA』のようなフィルムは選ぶべきではないだろう。今年のコンペ部門については、きちんとした物語の骨格のある良質なフィルムが揃っていたとは思うが、映画祭にあるべき刺激や発見は皆無に近く(あくまでも私が見た限りだが)、そのあたりが今後の課題であるように感じた。
ちなみに、レイガダス特集にも通い詰めていた松江監督。大いに刺激を受けていたようでした。一番気に入ったのは『バトル・イン・ヘブン』とのことです。
3.『グラントリノ』(クリント・イーストウッド
映画を観終わって、呆然として立ち上がれないという経験をしたのは何時以来だろう。純粋に「映画って凄い」と思わせるフィルムを撮り続けるイーストウッドと同時代に生きられることは幸せである。
4.『Tetro』(フランシス・フォード・コッポラ
巨匠の肩書きに安住することなく、若々しく大胆な映画作りを続けているという意味では、コッポラとイーストウッドは双璧。力漲る白黒映像は「格の違い」を見せ付けた。
5.『ヴィザージュ(顔)』(ツァイ・ミンリャン
依頼主のルーブル美術館は、こんな作品が出来上がって怒っていないのだろうか? ヌーヴェル・ヴァーグ50年を台湾人監督が見事に総括してしまったことに驚嘆させられた。
6.『プレシャス』(リー・ダニエルズ
東京国際映画祭では残念ながら上映中止になりましたが、間違いなく近く日本公開されることでしょう。物語映画としての完成度の高さは特筆に価します。
7.『35 Rhums』(クレール・ドゥニ
こういう小品を撮らせると、クレール・ドゥニは本当に巧い。様々な人間模様を繊細に切り取っていくやり方が絶妙で、映画的快楽に満ちている。
8.『キング・オブ・エスケープ』(アラン・ギロディ
「刺激や発見」という意味では、カンヌの監督週間で上映され、東京国際映画祭のワールド・シネマにも選ばれた、このフィルムが随一だろう。こういうのを観ると、フランス映画の懐の深さというか、作家映画を支える余裕のようなものを感じてしまう。
9.『時の彼方に』(エリア・スレイマン
このフィルムでスレイマンジャック・タチを超えてしまった。
10.『エリックを探して』(ケン・ローチ
10.『Les Herbes folles』(レネ)
10.『Eccentricities of a Blond Hair Girl』(マノエル・デ・オリヴェイラ

そしてこの巨匠達の三本が示していた「軽やかさ」からは、既にルノワールが見せていた「映画作家の行き着く先」と共通するものが感じられた。

カンヌ映画日誌2009・第12日

いよいよ最終日。この日はコンペの再上映があるので、見逃していたものを見て回る。とりあえず『The White Ribbon』(ミヒャエル・ハネケ)を見始めたものの、疲れもあってか眠気に襲われてしまい途中退場。ただ、ハネケのようなあくの強い監督が、こういう一見普通のフィルムを撮ると、必要以上に評価されてしまうように感じるのは私だけだろうか。
ハネケを断念した一番の理由は、必ず観ておきたかった『Les herbes folles』(アラン・レネ)[☆☆☆]に早めに並んでおきたいというのもあったのだ。その甲斐あって、レネの恐るべき軽快さを持った新作を堪能する。
続いて『Vengeance』(ジョニー・トー)[☆☆]と、最後にもう一度『Face』(ツァイ・ミンリャン)を観て、今年のカンヌ映画祭は終了。ドビュッシー劇場でクロージングセレモニーの同時中継を見た後で、同僚のスタッフ達とベトナム料理で打ち上げをして、映画漬けの二週間に別れを告げる。
 * * * *
そして後日、今年のカンヌレポート「波の行方─第62回カンヌ映画祭報告」を「Flower wild」の依頼で書きました。よろしければお読みください。

カンヌ映画日誌2009・第11日

マーケットも平行部門も昨日で終わってしまったので、今日はコンペの二本のみ。『FACE』[☆☆☆1/2]はツァイ・ミンリャン版『アメリカの夜』。ヌーヴェル・ヴァーグ50年を総括したとさえ言える力作。

一方、東京を舞台にした、イザベル・コイシェの『THE MAP OF THE SOUND OF TOKYO』[☆]は、あまりに力が無く、平坦なシナリオにうんざりさせられた。
夜はある視点部門の授賞式に出かけたものの、結果はかなり意外なもの。
Un Certain Regard Prize
『DOGTOOTH』(Yorgos LANTHIMOS)
Jury Prize
『POLITIST, ADJECTIV』(Corneliu PORUMBOIU)
Special Jury Prize
『NO ONE KNOWS ABOUT PERSIAN CATS』(Bahman GHOBADI)
『FATHER OF MY CHILDREN』(Mia HANSEN-LOVE)

カンヌ映画日誌2009・第10日


映画祭も終盤を迎え、上映本数も減ったので何を観るかで頭を悩ませる必要は無くなる。
11時よりある視点のオランダ映画『THE SILENT ARMY』(Jean Van De Velde)[星無し]。これが笑ってしまうぐらいひどい作品で、今年のワースト1が決定。
続いてコンペのギャスパー・ノエ『ENTER THE VOID』[☆☆☆]。2時間半以上に渡って、彼独特の映像世界が展開され、観客は相当の緊張と疲弊を要求させるが、これも映画の一つの在り方としてありだと思うし、そうした多様性にこそ現代映画の存在意義は見出せるのだと思う。
夜は、監督週間のクロージング上映『AJAMI』(Scandar Cipti)に出かけるが、上映前の授賞式と、今年でディレクターを辞めてロカルノ映画祭に移るオリヴィエ・ペールの挨拶などが長引いた為に、半分ほどで途中退出。監督週間には公式の賞は存在しないので(これはこの部門がコンペへのアンチテーゼとして始まったことに因る)、賞はスポンサーなどが設定したもの。ちなみに、受賞結果は次の通り。
PRIX SFR
『Montparnasse』(Mickael Hers)
PRIX EUROPA CINEMA
『La Pivellina』(Tizza Covi&Rainer Frimmel)
MENTION ART CINEMA AWARD
『La Merditude des choses』(Felix Van Groeningen)
PRIX SACD, PRIX REGARDS JEUNES, PRIX ART CINEMA AWARD
『I killed my mother』(Xavier Dolan)
弱冠20歳のカナダ人監督が主要賞をほぼ独占という結果でした。
一旦ホテルに戻って着替えてから、今年唯一のソワレの公式上映で、エリア・スレイマンの『THE TIME THAT REMAINS』を観る[☆☆☆1/2]。イスラエル建国以来の歴史背景の部分は判り難さを伴うものの、スレイマン独自の映像構築力、取り分け空間を切り取るセンスは素晴らしく、もはやジャック・タチを超えたのではと言いたくなるほど。ただ、日本公開は相当難しいだろう。

カンヌ映画日誌2009・第9日

朝9時よりグザビエ・ジャノリのコンペ作品『IN THE BIGINNING』[☆☆☆]。刑務所を出たばかりの詐欺師が不況にあえぐ町で道路建設を成し遂げるという実話を、骨太の物語映画に仕上げたジャノリの力量はなかなかのもの。
続く、ある視点のロシア映画『CONTE DE L'OBSCURITE』(Nicolay Khomeriki)[1/2]は、主人公の女性が何を考えているのか全く判らないままで、観客は取り残された気分。
監督週間のカナダ映画『CARCASSES』(Denis Cote)を40分ほどで退出してから、ある視点のコロンビア映画『THE WIND JOURNEYS』(Ciro Guerra)[☆☆☆]。これは今年の発見の一つ。シネマスコープで見事に風景を切り取ったロードムービー
その後は、カンヌ・クラシックの枠で上映された、ヌーヴェル・ヴァーグに関するドキュメンタリー『LES DEUX DE LA VAGUE』[☆☆]を観てから、アラン・レネのコンペ作の再上映に並ぶが満員で入れず。仕方なく、ある視点のブラジル映画『ADRIFT』(Heitor Dhalia)に行くと、上映前にヴァンサン・カッセルが出てきてポルトガル語で挨拶をしてびっくり。ただ、映画の方は、綺麗に作ろうとするばかりで全く観るべきところは無く1時間ほどで途中退場。

カンヌ映画日誌2009・第8日

マーケットも終盤に入り、上映数が減ってきている。
一本目はマーケットに出ているオリヴェイラの新作『ECCENTRICITIES OF BLOND HAIR GIRL』[☆☆☆1/2]。昨年100歳の記念イヴェントをカンヌで行ったのが記憶に新しい、現代映画の奇跡と言える存在。この新作も100歳にして驚くべき軽やかさと洗練を示している。
続いてある視点のイスラエル映画『EYES WIDE OPEN』(Haim Tabakman)[☆]。敬虔なユダヤ教徒の肉屋が青年と恋に落ちるという物語が、何の驚きも無く描かれる凡作。
同じくある視点の『NYMPH』(Pen-Ek Ratanaruang)[☆☆☆1/2]は、森で起こる奇妙な出来事を滑らかなキャメラで描いていく秀作。森の妖気や闇を描き出す力量はなかなかのもの。
夜は監督週間の『THE WOLBERG FAMILY』(Axelle Ropert)[☆]。脚本家出身の監督が撮った、台詞のみに頼った、映画的表現が皆無の凡作。