カンヌ映画日誌(番外編)

transparence2007-06-12

カンヌで上映されたフィルムの多くは、その直後にパリでも観ることができる。
幾つかのコンペ作品は映画祭中に一般公開されるし、ある視点、監督週間、批評家週間は、そのまま再上映される。そこで、パリに戻ってから観たものをご紹介。

デヴィッド・フィンチャー『ゾディアック』(2007)[☆☆1/2](コンペティション
実在のシリアル・キラーを描くというよりも、その為に人生が変わってしまった人々に焦点を当てるという切り口が秀逸。
クリストフ・オノレ『Les Chansons d'amour』(2007)[☆☆](コンペティション
『パリの中で』のオノレの新作。『シェルブールの雨傘』の三部形式をなぞった恋愛ミュージカル。単なるロマンチックに走らず、喪失感や同性愛に焦点を当てたことは評価できるが、シナリオは少々お粗末で、物語はあまりに陳腐。パリの街頭にキャメラを持ち出し、若い男女が歌っただけでは、ゴダールにもドゥミにもなり得ないというのは当たり前の事。最近絶好調のルイ・ガレルが、現代のジャン=ピエール・レオーとなる可能性の一端を示していたのがせめてもの救いか。
・ジュリアン・シュナベール『潜水服は蝶の夢を見る』(2007)[☆☆1/2](コンペティション
実話を基にした物語は素晴らしいし、驚きに値する。だが、その驚きは映画的効果によるものというよりも、出来事そのものに対するものである。ただし、端役に至るまで(例えばマックス・フォン・シドーや『ママと娼婦』のフランソワーズ・ルブラン)見事に配置された役者陣、『大人は判ってくれない』へのオマージュなど、見どころは多いし、いくつもの印象深い場面があったことも事実である。
・Cristian Nemescu『California Dreamin'』(2007)[☆☆☆](ある視点)
映画祭最終日に一回のみ上映されて、その夜にある視点部門のグランプリを受賞したルーマニア映画コソボ紛争中に国連軍を乗せた列車がルーマニアの小さな街に到着するが、駅長は書類の不備を理由に通過を許可せず、アメリカ兵たちが足止めを余儀無くされる。駅長やその娘をはじめとする、町の人たちのアメリカへの愛憎が丁寧に描かれているのだが、それがヨーロッパやアメリカと向き合うルーマニアという、グローバルなテーマへと拡大していく。しかもそれは全く説教臭くなく、自然な形で展開されていくのだ。語り口はユーモラスでありながら、重いテーマを巧みに扱い、そして結末は衝撃的ですらある。二時間半を超える長さは決して退屈ではないのだが、少々長く感じることも確か。ただ、これには理由があって、監督は昨年8月に交通事故で死亡しているのだ。その時点で作品は完成しておらず、スタッフが残されたラッシュから完成させたとのこと。27歳の才能溢れる監督が、長編第一作の完成を見ずして亡くなったのは残念でならない。
ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ『Actrices(Le Reve de la nuit d'avant)』(2007)[☆☆](ある視点)
女優ヴァレリア・ブルーニ=テデスキの監督第二作。前作『ラクダと針の穴』同様に、舞台女優が主人公の物語は自叙的要素が強い。役柄に取り付かれてしまった女優の姿が、時にメランコリックに、時にバーレスクに描かれる。
・Juan Antonio Bayona『El Orfanato』(2007)[☆☆1/2](批評家週間)
幼少期を孤児院で過ごした女性が、養護施設として再建する為に、夫と子供と共に再びそこに住み始める。だが、次々と奇怪な出来事が起こり、子供は行方不明になってしまう。『アザーズ』を思わせる、スペインのファンタスティック・スリラー。一定のホラー場面はあり、幽霊映画としてのジャンル的要請は果たしつつも、ドラマとしても緻密に構築されている。あらゆる奇怪な出来事は、全て映画内で解決され、理由付けがなされる。これほどすっきりとした気分で劇場を後にできるフィルムも稀である。
・Ernesto Contreras『Parpados azules』(2007)[☆☆1/2](批評家週間)
職場の懸賞でペアのリゾート旅行が当たった女性が主人公。彼女には一緒に行く相手が見つからず、結局、偶然であった昔の同級生(しかも彼女は彼のことを全く覚えていない)を誘うことにする。美男美女ではない孤独な二人が主役の奇妙なラブコメである。旅行前にお互いを知る為にと、二人はピクニックやダンスに出かけるものの、急接近する訳でもない。むしろそれぞれの孤独は深まっているようにさえ見える。それでも尚、お互いを求めるようになる二人を、ユーモアを交えつつも繊細且つ抑制されたタッチで描き出していく。
・Cecilia Miniucchi『Expired』(2007)[☆☆1/2](批評家週間)
イタリア出身の女性監督による長編第一作。サマンサ・モートン演じる物静かな交通指導員が、同僚の粗野な中年男性と出会うことで生き方を変えていく。特異なキャラクターの男女を率直に描き出すことで、ユーモアを含みながらも説得力のある人間ドラマとして成功している。