第61回カンヌ映画祭

transparence2008-06-10

カンヌ映画祭が終わって二週間が経ちましたが、今更ながら今年のご報告。
今回は12日間で55本を観ることが出来ました。ただし、この本数には途中退場8本を含みます。カンヌ以外で映画を途中で出ることは殆ど有り得ないのですが、数限りない作品が平行して上映されている(特にマーケット部門)だけに、カンヌに関しては「全くお話にならない」場合は途中退場はやむを得ません。
今年は宿泊先のネット環境が整っていた(去年は電話線すら無かった)ので、毎日のブログ更新を目指したものの、いざ映画祭が始まると、朝から晩までの映画漬けで、とてもそんな余裕はありませんでした。せめてもの罪滅ぼし(?)に、今年の私的ベスト10をご紹介。
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1.マノエル・デ・オリヴェイラ『ドウロ河』
今年のカンヌで如何なるフィルムよりも心に残ったのは、今年の12月で100歳を迎えるオリヴェイラへを称えるイヴェント(5月19日リュミエール大劇場)。ショーン・ペンをはじめとする審査員団、クリント・イーストウッドミシェル・ピコリが列席する中、オリヴェイラパルム・ドール特別賞が贈られた。私も張り切って早くから並んで、最前列から「現代映画の驚異」とも言えるお姿を拝んできました。用意してきたフランス語のスピーチを間違えて読むのもご愛嬌。手を貸そうとする周囲の人を振り切って、舞台からの階段を駆け下りていく姿が印象的でした。そして特別上映されたのがデビュー作『ドウロ河』(1933年)。瑞々しくて前衛的。『カメラを持った男』『ニースについて』と並び賞されるべき、サイレント・ドキュメンタリーの傑作です。数年前に彼のバイオグラフィーを書いた経験を持つ者としては、非常に感慨深い出来事でした。
2.ジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ『Le silence de lorna(ロルナの沈黙)』
脚本賞受賞。フィルムの中盤に訪れる決定的に感動的なワンショットといい、映画的構築力の巧みさには舌を巻く。
3.ヌリ・ビルゲ・ジェイラン『Three Monkeys』
監督賞受賞。真実に触れようとしない一家の崩壊を審美的な映像で描き切る。トルコはもちろん、現代ヨーロッパを代表する映画作家の一人となったジェイランが未だにまともに公開されない(映画祭やCS放映のみ)、日本の映画環境の貧しさよ。
4.黒沢清トウキョウソナタ
ある視点部門、審査員賞受賞。弱冠、設定に無理はあるものの、静かにしかし着実に家族が崩壊していく様を映画的に見せる手腕はさすが。今年のコンペは家族の物語が多く、しかもシンガポールやフィリピンといったアジアの新潮流を優先させたせいで、コンペからは外されてしまったのだろうが、このような美しいフィルムを外すのは全く納得が行かない。
5.Jose Luis Guerin『In the City of Sylvia』
昨年のヴェネチア映画祭コンペに出ていたスペイン映画。カンヌではマーケット部門で上映。シルヴィアという女性を見つける為に、ストラスブールのカフェに座って行き交う女性達を見つめ続ける主人公。繊細な画面と音声。見ると言う行為の猥雑さが浮かび上がってくるような秀作。
6.Fernando Eimbcke『Lake Tahoe』
今年のベルリン映画祭のコンペ作品。国際批評家協会推薦で批評家週間にて特別上映された。メキシコの新星エインビッケ(『ダック・シーズン』2004)が、一日の少年の成長物語をさりげなく描く。黒画面つなぎや程よいユーモアは初期ジャームッシュを彷彿とさせる。取り分け横構図が秀逸。
7.イェジー・スコリモフスキ『Four nights with Anna』
監督週間オープニング作品。スコリモフスキ17年ぶり(!)の新作。灰色の画調、サスペンスの巧みさ、ドラマとしての完成度の高さに名匠の復活を印象付けられた。
8.アルノー・デプレシャン『Un conte de Noel(クリスマスの物語)』
この作家の集大成にして、過渡期を感じさせる。巧みに構築されたシナリオは相変わらず見事なのだが、今回は些か詰め込みすぎの感が否めず。物語的にも映像的にも、もっと余韻が欲しい気がした。
9.ローラン・カンテ『Entre les murs(クラス)』
フランス映画としては21年ぶりのパルムドール受賞。素人俳優のみ、会話シーンばかりなのに、作品全体に常に緊張感が漲っているのは特筆すべきこと。正直、審査員賞か良くてもグランプリだと思っていただけに「審査員全員一致でパルムドール」と聞いた時には驚いた。この種の映画はなかなか日本公開されないのだが、果たして今回はどうなるだろう。
10.Sergey Dvortsevoy『Tulpan』
ある視点のグランプリは、セルゲイ・ドボルツェボイ監督のカザフスタン映画が受賞。砂漠の中を馬が走り抜ける、それだけの光景を映画にしてしまう監督の才覚は相当なもの。
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その他に印象に残ったフィルムとしては、フィリップ・ガレル『La Frontiere de l'aube』(ガレル初の幽霊映画。場内大ブーイングだったが、いつものように白黒映像と音楽を堪能)、スティーヴ・マックィーン『Hunger』(カメラドール受賞。監獄の日々を静と動を巧みに使い分けつつ描き出し、主人公の肉体を聖なるものへと高めていく才能は見事)、コーネル・ムンドルッツォ『Delta』(国際批評家連盟賞受賞。デルタという場所そのものが主人公。水の映画として記憶されるべき一本)などがありました。