transparence2006-07-04

ワーグナーラインの黄金」@大司教館劇場Theatre de l'Archeveche(エクサン・プロヴァンス)
シュテファン・ブラウンシュヴァイク(演出)
サイモン・ラトル(指揮) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィラード・ホワイト(ヴォータン)
ロバート・ギャンビル(ローゲ)
リリー・パーシキヴィ(フリッカ)
ミレイユ・デランシュ(フライア)
デトレーフ・ロート(ドンナー)
ジョーゼフ・カイサー(フロー)
デイル・デューシング(アルベリヒ)
ブルクハルト・ウルリヒ(ミーメ)
エフゲニー・ニキーチン(ファゾルト)
アルフレード・ライター(ファーフナー)
アンナ・ラーション(エルダ)
サラ・フォックス(ヴォークリンデ)
ヴィクトリア・シモンズ(ヴェルグンデ)
エカテリーナ・グバノヴァ(フロスヒルデ)
昨年に続いて、今年もエクスにやって来た。今年の目玉は何と言ってもラトル=ベルリン・フィルがピットに入る「ラインの黄金」公演。ザルツブルグイースター音楽祭との共同制作で、今後四年かけて「指環」が上演される予定。演出はシュテファン・ブラウンシュヴァイク(1964年生)ストラスブール国立劇場ディレクターであり、シャトレ座、モネ劇場などで多くのオペラ演出も手掛けている。エクスでは99年の「魔笛」以来、定期的に演出している。
幕が上がると、後方に窓が一つあるだけの「何も無い空間」。前方に椅子が三つ並べられ、そこにヴォータンが寝ている。真っ白な壁はスクリーンとしての機能を果たしており、そこに水、火、あるいは人物といった映像が投影される。
第一場でアルベリヒはカツラを被り、よれよれのコートを着ている。ここで描かれるのはラインの乙女達にからかわれる中年男の悲哀だ。その悲哀はヴォータンにも共有されており、それを示すかのように、第二場への移行時には、後方の壁に先ずアルベリヒの顔が、そしてそこにヴォータンの顔が二重写しになる。
ヴォータンは灰色のスーツ(ただしノーネクタイ)を着ていて、槍ではなく木の杖を持っている(お遍路参りにでも出かけそう)。フリッカはキャリア・ウーマン風の黒のスーツに身を固めている。ブラウンシュヴァイクの演出は、このオペラを現代の家庭問題に置き換えている。ヴォータンは借金をして家を建てたものの、返せなくなった一家の主。借金の形に義理の妹を取られて、奥さんには文句を言われ、仕方なくお宝を盗みに出かけるのだ。だから、巨人のライトモチーフに乗って登場するファゾルトとファーフナーは、黒のスーツを着てアタッシュケースを持った借金取り。一番驚かされたのがローゲで、銀色にキラキラと光る衣装を着たドラッグ・クイーン(!)。こう書くと、かなり奇を衒った演出のように思えるが、実際はシンプルで一本筋の通ったもの。巨人やローゲが登場した際には笑いが洩れたが、基本的には音楽を阻害しない演出なのが好感が持てる。
歌手陣は粒揃い。特にホワイトのヴォータン(深みのある歌唱)とデランシュのフライア(少々神経質な声が人物に合っていた)が印象に残った。声がはっきり聴こえるという劇場の特性はあるものの、どの人物もドイツ語の発音が明瞭で、対話劇としての側面が際立っていたように思う。それは音楽に関しても言える事で、ラトルの音楽作りはライト・モチーフを丁寧に扱い、構造のはっきりとしたもの。粘りのある重々しさは皆無と言って良く、鮮やかさが際立ち、これはワーグナー嫌いでも受け入れやすいのではないか。第一場のラインの黄金の音楽はもっと盛り上げても良い気がしたが、透明感を重視して押さえ気味。第二場、三場も無闇にオケを鳴らすようなことはしない。第四場で力強さが一気に増し、ラストは流石の豊かな響きを聴かせてくれた。
カーテンコールではオケの楽員達も舞台に上り、大喝采を浴びていた。モダン演出ながら、演出家へのブーイングも僅かだった。観客の反応は盛大ではあったが、決して熱狂的ではなく、これを大成功の上演と呼ぶのは語弊があるのかもしれない。ただ、日が暮れても熱気が残る会場(旧大司教館の中庭を利用した野外劇場)で、二時間半以上に及ぶ上演をぶっ続けで観るというのは体力勝負でもあるだけに(もちろん演奏者はもっと大変だろうが)、やや抑え気味の反応もやむを得ないのかもしれない(終演は午前一時!)。
エクスでは新劇場の工事中で、「ワルキューレ」以降はそちらで上演されることになる。今の劇場の独特の雰囲気はなかなか得難いと思うのだが、オケ・ピットは狭いし(ベルリン・フィルは収まりきらず、ハープは客席脇で演奏した)、天候に左右されることを考えればやむを得ないのだろう。開演時間も今より早くできるだろうし(現在は大抵が日没に合わせて、九時半か十時。「ワルキューレ」を九時半開演にしたら、一体終演は何時になるのだろう・・・)。
今年はステファン・リスナー体制の最終年。周知の通り、ミラノ・スカラ座の支配人に就いた為にエクスを離れることになった(後任はブリュッセル・モネ劇場を退任するベルナール・フォックロー)。今週の「レクスプレス」誌でリスナーは1998年にディレクターに就任以降、最も印象に残った10の上演を挙げている。それは「ドン・ジョバンニ」(1998・ピーター・ブルック演出)、「青ひげ公の城」(1998・ピナ・バウシュ演出)、「カーリュー・リヴァー」(1999・毛利臣男演出)、「ポッペアの戴冠」(1999・クラウス=ミヒャエル・グリューバー演出)、「マクロプロス事件」(2000・シュテファン・ブラウンシュヴァイク演出)、「ユリシーズの帰還」(2000・エイドリアン・ノーブル演出)、「消えた男の日記」(2001・クロード・レジ演出)、「ねじの回転」(リュック・ボンディ演出)、「ストラヴィンスキー(狐)・ファリャ(ペドロ親方の人形芝居)・シェーンベルク(月に憑かれたピエロ)」(2003年・クラウス=ミヒャエル・グリューバー演出)、「コジ・ファン・トゥッテ」(2005・パトリス・シェロー演出)。こうして並べてみるだけで、ここ10年の音楽祭が如何にハイレベルで刺激的なものであったかが良く解る。
今年のもう一つの注目公演「魔笛」(クリスティアン・ルーパ演出、ハーディング指揮=マーラー室内管)は来週末に再びエクスに舞い戻って観る予定。